「学ばないこと」は自由か? | 東進ハイスクール武蔵小金井校|東京都

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2016年 5月 8日 「学ばないこと」は自由か?

こんにちは、今藤です。

僕の記憶によれば、5月はこんなに暑い季節ではなかったはずなのですが。
もうまるで夏ですね。

気温の差が激しい時期は体調を崩しがちです、気を付けてくださいね。

さて、今日は特に書くべきことがないのでタイトルの通り「学ぶことと自由の関係」についてお話ししてみようと思います。
「学ぶことと自由の関係」と言われてどのようなことを想像しますか?
多くの人が、例えば、

「数学を選択しない代わりに自由な時間が増える」
「政治・経済を選択しない代わりに自由な時間が増える」

というようなことをイメージするのではないでしょうか?
(当然、今藤も高校生の時ならそういったことを考えたと思います)

ただ、それは僕の話したいこととは全く真逆のものです。

たとえば、私立文系のほとんどが勉強しない数学(当然、高校生の時の今藤もです)。
文系であれば多くが学ばないであろう物理。

また、理系であればほとんどが勉強しない世界史や日本史。

これらのように、自分にとって「使わない」「必要ない」と考えている科目に充てる勉強時間を、
自分が大学受験で使う科目の勉強時間に充てたり、もしくは友達と遊びに行ったり、それが「自由だ」と勘違いしている高校生が多いように思います。

考えてみてください。

現代文や数学を体系的に学び、論理的な思考をトレーニングした人間と、していない人間の、どちらが自由で独創的な思考ができると思いますか?

世界史や日本史、公民科目を幅広く学んだ人間と、そうでない人間、どちらが自分の価値観を自由に社会に反映させることができると思いますか?

物理という人類史上最も優れた学問に触れた人間とそうでない人間、どちらが自由で豊かな人生を送れると思いますか?

わかりますかみなさん。(今藤も今、自分に言い聞かせています)

学ぶことに対して、取捨選択をもって臨む姿勢は決して自由ではありません。
むしろ思考を狭くし、価値観を貧しくし、知的好奇心を減退させるだけなのです。

逆に学ぶことに対して能動的・開放的であればあるほど、

「自由な思考ができ、豊かな価値観を手に入れ、知的好奇心に溢れる自分」に出会えるわけです。

「人生に一度の高校生活、思いっきり遊びたいです…先生っ!!」

はいはい、気持ちはわかりますよ。
時には羽を伸ばして遊んでください。

ただ、学ぶことなくして自分の人生を豊かにすることは不可能であってその優先順位が逆になってしまうと、
「ただ単にテレビを見て、漫画を読んで、ゲームをして暇つぶしをしただけの」高校生活になってしまいます。

すこし自分に甘えが生まれた瞬間は思い出してください。
今の君の努力は、絶対に君の人生を豊かに・幸福に・そして自由にしてくれます。

楽しいですよ、学ぶということは^^

一足先の先輩として、君たちの頑張りを期待していますね。

東進ハイスクール武蔵小金井校 担任助手 今藤大地